暴力のシステム~「聲の形」レビュー~
「ちはやふる(上下)」「シン・ゴジラ」「君の名は。」「四月は君の嘘」と、最近立て続けに素晴らしい映像作品を劇場で観ることができたので、そろそろハズレてもいいかなと思いながら「聲の形」のチケットを買った。
上記の都合5本を絶賛していた配偶者が、劇場に灯りが戻ってきたあとに腕組みをして「これは難しい」とつぶやいた。(私はその横でボロ泣きしていたので決まり悪かったのだけれど)確かに上記5作品とは毛色が違ったかもしれない。
一言でいうと、これは「構造的暴力」の話だ。
ゴジラのような圧倒的悪の権化がわけもわからず攻めてきたり、
人知を超えた災害や奇跡の力が物語を進めたり、はしない。
ましてや爽やかな青春や温かい友情の話でもない。重ねて言うがこれは暴力の話なのだ。
この作品の特徴は3つある。
まず1つ目は、登場人物の感情や言動が徹頭徹尾リアルだという点だ。
こういう立場でこういう性格の奴ならこういうこと思ったり言ったりしたりするよな、と逐一納得できる。
例えば聴覚障碍を持つヒロインの家族。ヒロインがいじめに遭ったと知った彼女の母親が(主人公にもヒロインにも父親はいない)、いじめの主犯格だった主人公の母親の耳を切り、血が飛び散る。ヒロインの妹は学校にも行かずに、ただ姉を護るためだけに一所懸命。おばあちゃんはその妹をひそかにいつも心配している。こういう家族の身の寄せ方の描写がリアルだ。
ほかにも、いじめを傍観しつつ「お前も見てただろう」と言われると「私は悪くない、何もしてない、そんなこと言うなんて酷い」とすぐに泣きだしてしまう女の子や、いじめに遭ってもひたすらニコニコしながら「ありがとう」「ごめんなさい」を繰り返すヒロインや、見ていて痛みを覚えるほど、「こういう人たち、見たことある(あるいは自分がそう)」と思える人物描写が続く。
そして2つ目が、奇跡がない、という点。
いじめがあって、いじめが連鎖して、関わった人がそれぞれ(人物によっては致死的に)傷つく。でも奇跡は起こらない。
伏線はすべてきれいに回収されるものの、すっきり大団円にはならない。いいことも嫌なことも含みながら今日も明日も日常は続く。
自らもいじめに遭い、かつてのいじめ加害の罪悪感から極度の対人恐怖に陥り、自殺も計画し、登校しても人の顔が見られず、人の声がすべて(自分の声の吹き替えという表現で)自分を否定しているように聞こえる主人公が、ラストシーンで他人の声が他人の声として聞こえるようになる。でも、たくさんの他愛ない雑談に交じって、「あいつよく学校来られるよな」というようなきつい言葉が1つ混じっている。大切なのは、それをも怯えず聞く主人公の表情なのかもしれない。
いいことも辛いこともある。辛いことはあるけれどいいことがある。それがリアルだ。
私の配偶者が好むのは野島伸司のドラマで、つまり「人物のリアルさ」より「物語の構造が訴えるメッセージ」だ。「君の名は。」はこっちだったと思う。
「聲の形」は上記2点のように、「細部のリアルさ」を肝にしている。
そして3つ目の特徴として、ここには善人も悪人もおらず、あるのは構造的暴力である、という点があげられるだろう。
主人公が行ったいじめは「悪」だ。主人公に加えられたいじめも「悪」だ。
でも、主人公は単純な「悪の権化」という描き方をされていない。主人公をいじめた少年も、黒幕の彼をやっつければ大団円、とは描かれていない。
人によっては「そんなの生ぬるい、加害者を断罪せよ」と感じるかもしれない。
でも実際のいじめ現場においては、ゴジラさながらの「悪の権化」が中心にいて、そいつは頭から足の先まで悪で、という状況はわかりやすいながら特殊ケースであるように思う。
以前埼玉のチャイルドラインの代表を取材した際にも、そのことは強調されていた。「悪い子ども」個人を断罪して排除すればいじめはなくなる、ということではないのだ、と。
作中では、担任の教員が黒板を激しく叩いて主人公を怒鳴りつけていた。あれで解決しないだろうことは素人目にみても感じる。
そこにあるのは、構造的暴力。個の悪ではなく、システムの欠陥だ。
代表はまた「いじめてしまう子どもは、相手との距離のとり方がわからないんです」とも言われた。
つまり、子ども同士が相手と距離をとりやすい環境を作ることが解決につながるかもしれない。
さまざまな事情や感性を持つ子どもたちを一つの教室に押し込めたら、大人の論理で言えば効率的で便利なのかもしれない。でも、多分それを子どもに強要しているうちは構造的暴力はなくならないように思う。
それと、孤立は決定的によくない。
いびつでも不完全でも、友人たちに囲まれて変わっていく主人公たちの涙を見て、改めてそれを思った。
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